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伊豆伊東に見る幸福論 vol.5




伊豆半島東部・伊豆高原駅の海側に位置する「城ヶ崎文化資料館」は、1978(昭和53)年、現在の館長・平澤哲氏の父上である初代館長・平澤正太郎氏によって創立されました。昨年5月にリニューアルされましたが、以前の資料館内には、日本の終戦後の復興期、社会学者・鈴木栄太郎氏が唱えた「民俗資料保存の必要性」に共鳴し、収集に情熱を燃やした平澤館長方々の想い溢れる私蔵品が館内を埋め尽くしていました。


なかでも、「日々の幸福の祈り」を象徴する、ガラス絵や民間信仰のコーナーは圧巻でした。幾多のイコンや版木、護符や祈祷具、縁起物などがあり、ひときわ輝きを放っていたのが、木版画『金のなる木』(江戸時代末期作品)です。


制作当時の版元「藤慶梓」の印が認められる意匠はすみずみまで美しく行き届いていて、福の神々・恵比寿様と大黒様が左右にこやかに御坐す樹木には、まさに『金言』=人生を真に豊かに幸せに生きるための言葉が施されています。


中心の幹には徳川家康による教えが3つ、「よろずほどのよき」「じひぶかき」「しょうじき」とあり、その左右には、右上から「あさおき」「いさぎよき」「ついえのなき」「しんぼうづよき」、左上からは「かせぎ」「ゆだんのなき」「ようじょうよき」「かないむつまじき」という8本の枝が広がり、その周囲に「七福即生」「開運出世」「寿福延命」「金のなる木」の祝言が付置されています。


きっと平澤館長は、これらを、今でいう『ウェル・ビーイング』=より良く生きる知恵に重ねておられたに違いありません。現代語に訳すなら、「伊豆伊東の生活は、海山の恵みの自然豊かな環境に抱かれて、全てのことに足るを知って過分になることなく、慈悲深く、正直にして、毎朝、東の海から昇り来る太陽の光を浴びるように早く起き、潔白にして無駄なく、しかも辛抱強く、稼ぎを大事に油断なく、身体を大事に養生し、家の中は皆仲睦まじく過ごすなら、七難去って、即、七福が生まれ、運が開いて世に出るならば、福を寿ぎ、命延々とながらえる」となるでしょう。人が健やかに、喜び、楽しみ、美しさとともに幸福であり続けるよう、今も昔も不変の『ウェル・ビーイング』のための徳目、「生きる知恵」の集積がこの地にあります。それは、現代の『SDGs』にも確かに繋がりゆくものです。


伊東市八幡野在住 

移住促進官民共同プロジェクトチーム 関係人口創出リーダー 

薄羽美江

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